小学6年生E子さんの「出来事作文」から。
「11月○日、ピアノの発表会があった。祖母と母が来てくれるというのに、私の気持ちはいっこうに乗ってこない。友達は『絶対に間違えないで弾いてやる!』と言わんばかりの表情を見せて自信満々だ。祖母も母も『期待してるよ』『楽しみだわ』との気持ちを顔に浮かべ、自分の子どもよりも服を着こなし、派手なメークで、ヒールをコツコツ響かせていた。私だけがうつむき、自信なさげにとぼとぼ歩いていたのだ。(以下省略)」
よく見てますね。憎いばかりの観察力です。観察力があっても文章にはなりません。語彙力と記述力が伴わなければなりません。大人への痛烈なアイロニー(皮肉)も忘れず、あっぱれな描写です。こんな子がたくさん増えてくれることを願って、毎日小学生と向き合っています。
さて、今月のテーマは「受験体験記」です。売れ筋の本を忙しい保護者に変わって私が読み、ご案内します。「教訓を引き出す」などとお堅いことは考えず、気楽に楽しみながら読んでいただけたらと思います。
①『学年ビリのギャルが1年で偏差値40上げて慶応大学に現役合格した話』
(坪田信貴 KADOKAWA 2013年 1620円)
大きな書店では、未だに山積みされているほど人気の本です。主人公は高2のさやか。名古屋のお嬢様学校に通う偏差値30以下で、学年ビリの金髪ギャル。大学付属中学に入学するも、全く勉強はせず、素行も悪く、無期停学を何回も食らう。大学への内部推薦はもちろん無理で、しかたなくある塾へ。著者の坪田氏と出会い、さやかの運命が変わることになります。聖徳太子を「せいとくたこ」と読んでもすずしい顔をしてるさやか。高2の夏から坪田塾長との個人指導(週4日)が始まります。冬期講習からは週6日、毎日です。残念ながら、本に書かれている範囲で、私から見て、指導面に目新しさは発見できません。(1)さやかのレベルに応じたカリキュラムを組み学習方法を確立させる。 (2)入試までの長期計画を立てる。 (3)復習を徹底させる。 (4)ほめて、認める指導、さやか個人に寄り添った指導。 (5)毎日来塾させ、やる気の喚起(良い意味での洗脳)を怠らない。坪田塾長のプロ意識はもちろんのこと、やはりさやかの超人的な意欲と努力、継続する底力は特筆すべきですね。この本、5点満点で点数をつけさせてもらえば、「おもしろさ」5点、「受験体験のハードさ」は3点。
さやかは本当に頑張った。しかし、高額の授業料を出してもらっている点(驚くことなかれ、1年で百数十万)。もうひとつは、私立のお嬢様中学に合格していたということで、もともと学習能力は高かったのではないかという点から、ハードさはマイナス2点とさせてもらいました。来年、『ビリギャル』として映画化されるそうです。
②『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』
(宝槻泰伸 徳間書店 2014年 1512円)
これも長い題名ですね。筆者はオヤジ自身ではなく、長男です。このオヤジ、性格はやくざ的で、天然危険人物。特技はナンパ。しかし、「オレは本気で学問を積んだ」と自負するだけあって、歴史、サイエンス、IT、経済、数学等々、実に博学です。オヤジが、小学生の3人の息子にやらせたことをまとめてみます。
(1)大量の漫画本を読ませる。日本の歴史、世界の歴史、三国志、生命40億年はるかなる旅、雑誌ニュートン等。 (2)大量のビデオを見せる。NHKの大河ドラマに始まり、「その時歴史は動いた」「プロジェクトX」「クローズアップ現代」等。(3)大量の映画を見せる。(4)頭脳ゲームをして、共に遊んだ。ブラックジャック、ポーカー、ナポレオン、囲碁、将棋、麻雀等。 (5)昭和の遊びをして、ともに楽しんだ。割り箸鉄砲作り、ベーゴマ、メンコ、凧上げ他、本格的なロボット作りも。(6)オヤジの友達を家庭教師に迎いいれ、講義をしてもらう。禅寺の和尚、指揮者、芥川賞作家、彫刻家、旅行好きの主婦等々。(7)突然田舎暮らしを始めたり、思いつきで欧米を旅行し、美術館などしらみつぶしに訪問する。
簡潔に言い表せば、子どもの知的好奇心や探究心をくすぐり、体験を通して教養を身につけさせ、地頭を徹底的に鍛えた、と言うことでしょうか。著者である長男の「オヤジのすごいところは『教えない』ところ」との言葉にあるように、知識を一方的に詰め込むことはせず、子どもを主体とした体験と思考重視の教育方針をとっていました。まさしく絵に描いたような理想的な初等教育です。これぞ真の「エリート教育」と言えます。
長男が「高校をやめたい」と言い出した時も、その理由を聞くこともなく、「いいよ。」「大検取れよ、グハハ」と笑い飛ばし、「ノーベル賞学者が一番多い大学が一番」「京都大学だ」と即答しています。
実に魅力的なオヤジですね。教育の本質もしっかり踏まえています。ストーリーとしてのおもしろさは3点、ハードさも3点といったところでしょうか。ちなみに、オヤジの奥さんは子どもの教育には口を挟まない代わりに、食事と礼儀作法にはうるさく言っていました。
③『下剋上受験』~両親は中卒 それでも娘は最難関中学を目指した!~
(桜井信一 産経新聞出版 2014年 1512円)
おもしろさ5点満点、ハードさも5点満点。塾業界にノンフィクション賞があれば、まちがいなく受賞することでしょう。父は不良にして中卒、母も中卒、おまけに父の両親も中卒。ひとり娘、佳織は小5。本の帯をそのまま記します。「目指せ桜蔭! 塾なしで偏差値41から70到達 昼はガテン系仕事 夜は娘と猛勉強 そして朝まで 娘のための予習… わが子に全てを捧げた父親の壮絶記録」「勉強は、人を、家族をここまで変える 佳織はこんな場所にいてはいけない。我が家の『負のスパイラル』から脱出させてやらなければならないのだ。」
この中卒でガテン系の父、私など足元にも及ばない圧倒的な筆力で、350ページの本を書き上げています。大変な描写力です。例えば。「娘は、桜井佳織といいます。…『生粋の中卒の子』なのです。つまり、語彙や数式があふれかえった家庭環境とは程遠い世界で育った子です。ハウスダストが原因で鼻炎が悪化し、蓄膿症に悩まされながらジェネリック医薬品で生き抜いてきた子なのです。」もうひとつ。「中学受験塾は、つくづく(現代社会に必要な)不安商法だと思う。親の不安を煽り、親の良心を探り、親を値踏みする。その膨大なサンプルを研究し、無理すればぎりぎり出せる上限料金体系で攻めてくる。しかも、現実に栄光を手に入れた優秀な児童たちをちらつかせ、あたかもその門戸が広いと誤解させる。そして、その不安商法に騙される消費者の多くは、騙されている自分を『親馬鹿』と称し満足しているのだ。」お見事としか言いようのない軽妙な筆致です。
参考書や問題集を選ばなければなりません。学習計画を立てなければなりません。自分がすべての教科の予習をしなければなりません。小5の秋から約15か月もの間、平日は7時間以上、土日祝日は13時間以上の親子塾。父親は更なる準備。ビールは飲まない、テレビも見ない、冠婚葬祭も一切出席しない。
やはり親子、「何度説明したらわかるんだ」と大声を張り上げることもたびたび。その都度自己嫌悪に悩まされる。こんな事もありました。「『勉強なんかやめちまえ!』とキレてしまい、『もうやめだ!』とノートを投げてコンビニまで出かけた夜。佳織は寒そうに震えながらコンビニまで追いかけてきた。あの夜の佳織を思い出すと今でも涙が止まらない。」言葉はいらないですね。私も父として、涙腺が緩みます。涙をもって、「ごめんな」とあやまりたい。
父親に限界がやってきます。ストレスと寝不足でうつを発症してしまいます。しかし、入試まで薬漬けでがんばり通します。飲んだ薬の量は2000錠、診察料と薬代は20万円。何故ここまで? 父は書き続けます。「父さんは諦めるわけにはいかない。お前が安い給料の旦那さんと日々ケンカしながら洗濯している姿が目に浮かぶと父さんは諦められない。…お前が楽しくスーパーに行く姿を見てみたい。…父さん、おまえがかわいい。…なっ? だから(勉強)やろうよ。頼むよ……頼む。」
人の頭数だけの哲学(教育論)があっていい。この父も必死だった、全生活を懸けた……。私が何よりも安堵したのは、佳織ちゃんの心が壊れなかったということ。この一点に尽きます。残念ながら、桜蔭には届きませんでした。
受験のポイントのひとつ。
それは子どもの主体性をいかに発揮させるか、にあります。
子どもの心に「やらされている感」が根強く存在していればいるほどいろいろな意味で危険な受験となります。子どもとの日々の対話を大切にしましょう。
お問い合わせ
0120-630-133