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子どもの幸福感と母親のあり方について

2020.01.21 塾長ブログ

中3生、高3生の受験生をもつ保護者の皆様、こころの調子はいかがですか。わが子を信じ、励まし続けてください。親からするとふがいない受験生かもしれませんが、本人の中では最大限の力を振り絞って頑張っています。何かございましたらご連絡下さい。

 

アメリカによる侵略的な殺害事件や、ウクライナ旅客機撃墜の隠ぺいに揺れるイランイスラーム共和国。体制に対する激しいデモが連日報道されていますが、聞くところによると、イランの人たちはこの上ない優しい国民だと。

 

市場を歩けばチャイを勧められ、地図を広げようものなら、すぐに誰かが目的地まで連れて行ってくれる。券売機でまごついていると、代わって切符を購入してくれる、長距離バスではまわりの方からお菓子を提供される……。皆の笑顔が素敵だったと、ある日本人旅行者が教えてくれました。

「あなたは今、幸せですか」と幾度となく尋ねられたそうです。

イスラーム法による残虐な刑罰が報道される一方で、敬虔なるイスラムの相互扶助の精神や弱者への慈しみはあまり知らされていません。

 

私は大学院時代の数か月、マレーシアでイスラム教を信奉するマレー人と接してきましたが、なにしろ優しい、親切、思いやりにあふれている、こうしたプラスの印象しか記憶にありません。

 

「あなたは今、幸せですか」との問いかけは、まさに彼らの同胞愛に裏打ちされた他者に対する思いやりの表現ではないでしょうか。「困ったことがあれば、お助けしますよ」という利他的なメッセージなのです。

さて、子どもの幸福に関する興味深い調査が、1月11日付朝日新聞の夕刊、一面に掲載されました。東大なども加わった3000人規模のコホート(同じ対象者を2年ごとに追跡調査する)ですが、これまで類を見ない結果を導き出しました。世界保健機関(WHO)が推奨する指標を使って、10歳の子に幸福感をもたらした要因を分析したところ、関係がはっきりした内容が3点ありました。

1点目は、「周囲に困っている人がいたら、積極的に助ける」と答えた子は幸福度が高かった。

他人に対する優しさを持ち合わせながら、かつ助けるという具体的な行動に移せる子、こうしたデキスギ君の幸福度が高いというわけです。
WHOの指標との兼ね合いがどういうものなのかわたしにはわかりかねるのですが、この結果を見てまず想起したのが、これまで何度かご紹介してきたアドラー心理学の幸福観です。すなわち、「幸福とは、貢献感である」と。自分は誰かの役に立っているといういわば社会的な有用感が幸福のみなもと(源)と考えるわけです。

それにしても、10歳にして困っている人を積極的に助けるという行動力の源泉はどこにあるのでしょうか。生まれ持った資質なのか、しつけの成果なのか、道徳教育の結果なのか、親の背中を見ての行動なのか。結論の出ない問いですが、いずれにしても、この結果が物語るのは、直接にも間接にも、子どもに対して『利他性』(他人に尽くすこと)の哲学を組み込んでいくことの重要性ではないでしょうか。

次に「自分が困ったときに相談できる人がいる」と答えた子の幸福感が高かった。

人にとって「社会的な孤立」ほどつらい状況はないと言われますが、困った時の頼れる存在の有無が幸福に直結するということなのです。おもしろいですね、幸福感というものが、人を助けたり、助けてもらったりという極めて日常的な人との関係性に集約されていること。

3点目が「母親が困ったとき、母親自身に相談できる人がいること」、つまり母親がどれほどの相談できる友人、知人、親族がいるか、これがその子どもの幸福感の高低を決めるということなのです。

 

理屈は通りそうですね。母親を支えてくれる人が多ければ多いほど、母親の安心感や幸福感は高まり、そんな母親を見て育つ子どもも幸福感に満たされる。お母さんの表情が明るく、生き生きしていると、その子どももにこにこ顔で、意欲的な表情を見せてくれます。お母さんの表情に豊かさがないと、その子どもも暗さや陰を持った表情になります。顔は生まれ持ったものですが、表情にはその人の生活感や生き方、考え方が表出されるようです。

社会的貧困という文脈の中でよく引き合いに出されることのひとつが、経済的な貧困は「人的資本の貧困」を生み出すというものです。人とのつながりや情報のネットワークが豊かに整っているか、良質の人的資本に恵まれているか、こうした母親の関係性の豊かさが、子育てといった日常生活面に強く影響を及ぼすことになります。

以上のことから、わたしは次の2点を強調しておきたいと思います。

1つは、よく言われることでもありますが、母親を決して孤立させてはいけないということです。

 

現代の親子関係を表す言葉に、「濃厚・濃密親子関係」というものがあります。核家族、少子化がもたらした結果です。その親子関係のプラスの成果として、例えば歌舞伎の海老蔵親子や女子プロゴルファーの渋野親子が典型として挙げられるでしょう。

 

しかし、負の面は、「孤立・密着型親子関係」と言い直したほうがよさそうですが、そうです、虐待です。母親(もちろん父親の問題がありますが)の養育に関する無知と同時に、孤立という問題が要因として挙げられます。頼れる人がいない、祖父母もいない、地域共同体なども昔の話、それに子育てに関する情報も手にすることができない、これでは危険ですよね。母親が孤立し、孤独の闇に包まれた時が最も危うい。子どもの命も保障されなくなります。まさしく、相談相手が一人でも多くいることが救いとなり、幸福感につながるのです。

 

ウエルのお母さん方、お父さん方、わたしでよければ相談相手のスペアーにでも加えておいてください。

2つは、母親を多忙の渦に巻き込んではならないということ。

 

子どものため、家族のため人一倍働いているというのは、物語として美しいのですが、現代の家族のありようとしては危険がいっぱいです。子育てにおいても、お父さん、お母さんの忙しさゆえ、抜け落ちてしまう点が多々あります。

 

一方、お母さんの人間的な自己成長という側面からも不十分さが生じてきます。お母さん方には、「家事や子育てに費やす労力は今の60%でいい」と言い続けてきました。40%は自分を取り戻したり、息抜きしたり、自己成長のための時間として確保してほしいのです。母親という仮面を外し去り、自分を確認する場を日常の中で手にする。

 

お母さんが自身の人生を生きるためであり、また、子どもの幸福感のためにです。そう、お母さんの幸福感が、子どもの幸福感に直結することは先ほど確認しました。

ただし、「60%でいい」その内訳は、日常のルーティンとわが子に「自己管理能力を身につけさせること」です。時間にルーズな子、宿題などの管理ができない子、自分で生活の余白が埋められない子にしてはダメ。自律的・自立的、主体的な子にするにはどうしたらよいのかを常に考えつつ、子どもと接するようにします。親を見て、子は育って行くのです。もちろん、聖人君主などでなくてよいのです。お母さん自身も自分を生きて生き生きしていること、弱者の立場に立って、困っている人がいたら積極的に助けにいくこと、わからないことがあったら学習に向かうこと、ぜひ実行してください。

「濃厚・濃密親子関係」では、親の考え方や態度がダイレクトに子どもに伝わってしまいます。こわいのは、親のその考え方が偏っていたり、思い込みが激しいときです。犠牲になるのは子どもです。「考え方」にはそれなりの科学性や客観性が求められてきますが、そうした手続きを踏むことなく親の一存で実行に移すとき、やがて子どもが壊れます。

 

これまで何人ものそうしたお母さんを見てきました。ウエルの体質とあまりにかけ離れているので、辞めていただいたこともあります。学習に向かうこと、信頼できる方数人に相談を持ち掛けて、自らの考え方を客観視すること、こうしたお母さん方の主体性が同時に求められてきます。一生を通して、学習を続けていきたいものです。

体力の衰えと腹回りが「成長」したため、昨年の秋よりジムに通いだしました。まじめな生徒でないため、腹がへこむ兆候もなく、食欲だけが増進して、通いだしてから2㎏も増えてしまいました。人には「筋肉量が増えた」などとうそぶくものの、ベルトの穴の位置だけはごまかしきれないこの頃です。

 

今年もよろしくお願いします。

新年度生の募集も開始されました。新中1生、新高3生はあと数名にて満席となります。新中2は満席にて募集を停止させていただいています。

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